戦後、GHQによる占領期(1945-1952年)に日本は厳しい言語統制を経験しました。「プレスコード」による検閲と「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」によるプロパガンダは、日本人の情報環境と思考様式を根本から変えました。この「閉ざされた言語空間」の影響は、占領終結から70年以上経った今も日本社会に色濃く残っています。
特に顕著なのは、マスメディアにおける権力への過度な配慮と自主規制の体質です。政府批判や敏感な問題への踏み込みを避け、記者クラブを通じた情報管理により、メディアの均質性が保たれています。大手メディアの報道内容が驚くほど似通っているのは偶然ではなく、占領期に形成された「許容される言説の範囲」という感覚の名残なのです。
また国民意識では、戦争責任や歴史認識をめぐる議論が二項対立に陥りやすく、建設的な対話が困難になっています。「指導者の罪と騙された国民」という二項対立的な歴史観は、現代の歴史教育や政治的議論の枠組みを形作り、複雑な歴史を単純化する傾向を生み出しました。
安全保障や憲法改正のような重要テーマでさえ、冷静な議論よりも感情的な対立が先立ち、社会的タブーが合理的な検討を妨げています。特に憲法第9条をめぐる議論は、その起草過程にGHQが深く関与した事実を踏まえると、占領期の言語統制の影響が、今なお続いていることを象徴しています。
国際関係においても、中国や韓国との「歴史認識問題」の根源には、占領期に形成された歴史観が深く関わっています。これらの問題を単なる外交摩擦と見るのではなく、日本の戦後言語空間の形成という文脈で捉え直す必要があるでしょう。
こうした「言えないこと」の存在は、占領期に形成された自己検閲の文化が今も私たちの言論空間を形作っている証拠と言えます。真に開かれた民主社会を築くには、この歴史的経緯を認識し、より多様で自由な言論環境を育てる必要があります。