影の糸を断ち切る:戦後レジームからの解放への道
サンフランシスコ講和条約から70年以上が経過した今も、日本社会の根底には「戦後レジーム」と呼ばれる占領期に形成された構造が深く根を下ろしています。表向きの主権回復とは裏腹に、より巧妙で持続的な影響力の枠組みが日本の自立を制限し続けてきました。この隠された構造を認識することが、真の日本の独立への第一歩となります。
1955年、自由民主党の結成にCIAが深く関与していたことは、機密解除された米国務省文書が証明しています。「POCAPON」というコードネームを与えられた緒方竹虎を通じた政治工作や、岸信介ら保守政治家への資金提供は、日本を「アジアの反共防波堤」として確保するという冷戦戦略の一環でした。この時に形成された政治構造は、70年近く経った今も日本政治の基本的枠組みとなっています。
同時に、CIAは「Operation PODALTON」という作戦名で、正力松太郎(コードネーム「PODAM」)を協力者として日本テレビの設立を支援しました。これは単なるビジネス支援ではなく、国民の価値観や世界認識を形作るための情報戦略でした。テレビという当時の最新メディアは、家庭に直接入り込み、娯楽と情報を融合させることで、抵抗感なく特定の価値観を浸透させる理想的な装置となりました。1964年の東京オリンピックを契機としたカラーテレビの普及は、この影響力をさらに強化しました。
韓国KCIAの支援を受けた統一教会の日本進出と政治活動も、冷戦期の影響力ネットワークの一部でした。1978年の米国フレーザー委員会報告書が明らかにしたように、宗教団体を通じた政治工作は、表向きの民主主義の下で行われる隠された支配の一形態でした。
この「戦後レジーム」は、時代とともに形を変えながらも存続しています。冷戦終結後も、「日米同盟」の名の下に、日本の外交・安全保障政策は大きく制約され続けてきました。アメリカなどの「ディープステート」と呼ばれる国家安全保障コミュニティ、軍産複合体、金融資本、シンクタンクなどの複合的なネットワークは、選挙サイクルを超えて日本に対する基本方針を維持しています。
真の「戦後レジームからの脱却」とは、こうした構造的な依存関係から自立することを意味します。それは単純な反米や同盟関係の否定ではなく、国家としての自己決定権を取り戻すプロセスです。日本の政治・経済エリートの中には、この依存関係から利益を得ている層も存在します。「日本版ディープステート」とも呼ぶべき官僚機構や大企業、メディアを含むネットワークは、米国ディープステートとの「利害の一致」を通じて自らの権力基盤を維持してきました。
戦後レジームからの脱却は、まず私たちが「当たり前」と思っている認識枠組み自体を問い直すことから始まります。テレビや教育を通じて形成された価値観や世界観の中に、占領期に植え付けられた思考の枠組みが今も生き続けているかもしれません。メディアの多様化やインターネットの普及は、こうした固定的な影響力構造を揺るがす可能性を持っています。
真の独立国家として歩むためには、過去の依存関係を客観的に認識し、国家としての主体性を取り戻す必要があります。それは必ずしも対立を意味せず、より対等で健全な日米関係を構築することにもつながります。戦後80年を経た今こそ、戦後レジームの呪縛から解放され、自立した日本の姿を模索するときではないでしょうか。
皮肉にも、「戦後レジームからの脱却」というスローガンを掲げた安倍晋三元首相は、自らがその戦後レジームの中核である自民党に属するという矛盾を抱えていました。CIAの支援のもとで結成された自民党そのものが戦後レジームの象徴であるにもかかわらず、その党の総裁が「脱却」を唱えることには本質的な矛盾があります。安倍氏は国家主義的イメージを前面に出しながらも、実質的には米国の戦略的要請に応える形で集団的自衛権行使容認などの政策を進めました。
しかしながら、これは安倍晋三氏を批判するべきものではなく、積み重なった歴史的システムや、国際的枠組みの中で、ベルトコンベア式に継承されてきたことではないかと考えるべきでしょう。
とはいえ、真の「脱却」のためには、まず自民党という政治構造そのものの成り立ちを問い直す必要があるのではないでしょうか。
「影の糸」を断ち切り、真の意味での日本の独立を達成することは、世代を超えた国家的課題です。それは過去の否定ではなく、過去を正確に理解した上で、新たな国家像を主体的に描くことから始まります。戦後レジームからの脱却は、日本人自身の手で成し遂げるべき歴史的使命なのです。そのためには、自民党という戦後レジームの根幹部分まで含めて、全体構造を客観的に認識することが不可欠ですね。