日本国内において「円」というお金がどうやって生まれているかご存じでしょうか。こう言うと大抵の方は「日本銀行で作っている」と言われます。この場合、頭には「紙幣」を思い浮かべてそう言われているものと思います。
確かに紙幣は「銀行券」と言われ、日本銀行が発行します。しかし銀行券はただの紙切れでありお金の本質ではありません。一万円札は原価21円程度であり、これに10000円分の価値があるとは到底言えないのです。ではなぜ私たちは10000円の銀行券を10000円分の価値があると考えてしまうのでしょうか。
紙切れで考えると、似たようなものに「小切手」や「手形」もあります。これも額面が記載されたただの紙切れなのに支払いができてしまいます。この場合には「紙幣」や「硬貨」を使うことがありません。
さらにもう一つ、銀行預金ですね。私たちは銀行の通帳に数字が記載されていると、それを振込によって支払うことができます。この場合にも「紙幣」や「硬貨」を使うことがありません。
これを突き詰めて考えると、つまり特定の「モノ」そのものが「お金」ではないということが考えられます。紙幣でも硬貨でも小切手でも手形でも預金でもどれも「お金」なんですね。
これは一体どういうことかといいますと・・・ここからちょっと難しい考え方になります。
お金とは、「債権と債務の記録」なんですね。簡単に言うと貸し借り関係とでも言いますか。
預金通帳は、書かれた数字分、預金者が銀行にお金を貸してある記録です。仮にAさんがBさんに振込をしたら、銀行は預金という借り(銀行預金は銀行にとって見ると負債です)をAさんからBさんに移転します。この場合でも、相変わらず銀行は借り(負債)を持ったままなんです。
小切手や手形の場合も、Aさんが手形を振り出してBさんに手渡した場合、決済の際、銀行は手形の持ち主に対して借りを返す(支払い)必要があります。
しかし、じゃあ銀行券はどうなのか。実は、紙幣である「日本銀行券」は日本銀行に対する債権証書なのです。つまり現金で支払いを行うと 「日銀に対する債権」で支払いをする ということになります。
とはいえ、日本銀行に一万円札を持っていって「債権証書だから支払え」と言ってもせいぜい新しい一万円札に換えてくれるだけですが。
なぜそう言えるのかといえば、日銀の貸借対照表には、「発行銀行券」(日銀券のこと)という勘定科目があり、発行して流通させると日銀の「負債(貸方)」に計上されるようになっているからです。

お金というのは、目に見えるモノではなくて債権債務の記録です。その証書が紙幣であり通帳であり手形などのモノだということですね。
一万円札は発行すると日銀に10000円分の負債が発生する。だから一万円の価値がある。こう考えると22円の紙切れになぜ価値があるのか理解できると思います。一万円を発行するには10000円分の負債が計上されるということです。
そして逆に言うと、一万円札は日銀が負債を負わなければ発行できないことになります。我々にとって資産となる現金は日銀が負債を負って作っているということ。ここで知っておかなければならないのは、
誰かが負債を負うと誰かに資産が発生する という事実なのです。これが肝なんですね。
ちょっとアカデミックになりましたが、日本の財政を理解するためにはここをしっかり押さえる必要があります。
誰かの資産(お金)は誰かの負債 これがお金の正体です。次回は、もう少し大きく考えてみたいと思います。